総合的な学習

 「総合的な学習の時間」というのがあります。ご存知と思います。ゆとり教育という流行り言葉とともに導入されて以後、賛否両論…。いまやゆとり教育を受けた子供たちも十分な大人の年齢の域に達しています。それからまた教育課程の改定が数回行われましたが、この「総合的な学習の時間 」は時数の変更はあるもののいまでも残っています。おおむね趣旨は変わっていませんが、現場では、導入当初の混乱から考えると、比較にならないほど、気楽な授業時間になったといっても、たぶん現場の教職員の皆さんは誰も否定しません。授業時数計算の調整に使われたりすることも…。中身は9教科のギューギュー詰めの授業と違い、「・・・活動」的な、生徒も教師もある意味気楽な時間になっています。評価の方法もあまり緊張しなくて済む当たり障りのない総合コメントにできます。
 でも本当は、将来生きて働く力の基本的な部分を育てるために設定された時間で、その意義を生かそうとプログラムすればとても意味のある教育ができると思います。「生きる力」をつけるための「学び方」を学ぶ時間にもなります。私の言う「学ぶ力」「自学力」「自己分析力」「生きる総合力」などは、今の(少し流行りになってきた)キャリア教育の根幹に関連するとても大切な「生きる力」そのものです。
 でも残念ながら、現場の学校ではそこにあまり重きを置いて教育課程が組まれていません。限られた時間に「しなければならないプログラム」が多すぎて、そこまで手が回らないからです。変えようと思えば、同志(スタッフ)をそろえ、相当の検討が必要です。たぶん、うまく動き出しても3年計画でしっかり実践していかないと、いいものにはならないし、継続した教育ができません。今の現場には不可能と言っても過言にならないと思います。
 総合的な時間は何をねらって位置づけられたかを考えたとき、実社会の現実からして、家庭教育、子供を取り巻く地域での教育活動の変化があげられます。