【掃除(清掃)について】
 日本の学校では、ほとんどが児童生徒によって、自分たちの生活空間である校舎や校地内を決められた時間に掃除をします。10~15分の掃除(清掃)時間が教育時程に組み込まれています。
 しかし、毎日の教育現場に設定され、しかも「清掃指導」という教育的な位置付けで実施されているにもかかわらず、清掃の教育的意義に則り、全職員で重点を置いて指導している学校はあまりないように思います。
   効果的な指導を徹底するには、年度当初の教員スタッフの共通理解からスタートし、清掃の仕方について、清掃区域ごとに細部に渡って道具の使い方や掃除方法を教えなければなりませんが、多くの学校では、そのための十分な時間的設定をしないまま、生徒の清掃割り当てを決めて、すぐに掃除活動を始めています。箒の使い方やごみの処理、雑巾やモップの使い方、清掃の手順や道具の片づけ方、また生徒の分担などは、実際には短い掃除時間に掃除をしながら並行して行わざるを得ません。ですから、生徒に細かいことまで十分に教える時間がありません。箒がうまく使えないまま掃除場所に来ている生徒(児童)に、現場の教師が細かく指導する時間はほとんどないに等しいといえます。
 生きる力の第一条件といっても過言ではない清掃活動は、子どもたちが通う学校現場では、たいした指導はされていないのです。
   昔は、各家庭のお手伝いといえば、「はき物そろえ」「食器の片づけ」から始まって、「掃除の仕方」を親や家族から見よう見まねで学び、「庭や玄関の掃き掃除」「風呂掃除」を子どもの仕事とするのが定番でした。しかし今や、それを子どもたちにさせている家庭がどれくらいあるでしょうか。しかも、学校の毎日の「清掃指導」でさえこんな状態ですから、子どもたちは、生活の第一条件である「掃除する力」が未熟なまま月日がどんどん過ぎていってしまう状態なのです。
 できないことをできるように教育するのが学校ですが、「掃除」という生活の基盤ともいえる「生きる力」の育成にはあまり重きが置かれていないのが現状です。
 
 ひと昔前に、「雑巾をしぼれない子」が話題になったことがあります。しかし今頃は、雑巾をしぼる掃除より、「からぶき」かモップでの掃除も多く、濡れ雑巾でしっかり床を磨くような掃除は少なくなりました。雑巾の絞り方なんて知らなくても生活に困らないですから。
   しかし、どんなときでも、自分たちの住処を居心地の良い環境にする第一条件が「掃除」です。また、暑い時でも寒い時でも、またうれしい時でも気持ちが沈んでいる時でも、ごみは出るもので、物は汚れるもので、それをきれいにして生活する(生きること)は、いわば当たり前でごく自然な人間の営みです。
   そんな自然体の中で教育するという当たり前のことができていないのです。子どもたちの身に異変が起こらないはずないと思います。